
もう流行り出してから何年も経つ「〇〇かも」ですが、あなたもつい使っていませんか?本当にどっちだっけなぁと記憶があいまいならば「〇〇かも」は問題ないですが、本当はどっちなのかが分かっているのに「〇〇です」とハッキリ言えずに「〇〇かも」と言ってしまっているのならば重症です。
誤解される【〇〇かも】

デートで何を食べようと考えている時に彼女から「イタリアンというよりも中華かな」と言われたら、彼は「あれ?本当はイタリアンが好きだけど、何か気を遣って中華って言ってくれているのかな」と思い、イタリアン料理店に連れて行かれるかもしれません。
そこでまたハッキリ言えない彼女は、嫌がらせでイタリアンに連れて行かれたのかもしれないと勘ぐったり、彼が自分の好みを強引に押し通してくる人だと思ったかもしれないし、彼も本当は中華に行きたいのにイタリアンに行かなきゃいけない事態になったのかもしれません。
これでは【賢者の贈り物】ならぬ【愚者の贈り物】になってしまいます。

本当の気持ちを伝える

本当の気持ちを伝えることをないがしろにしていませんか?言葉で伝えることはとても大事です。人間は言葉が使えるのですから。世の中は主に言葉でコミュニケーションをとっています。あなたがあなたのまま表現しないということは、いつまでもあなたのままが受け入れられることはないということです。仮面をかぶったまま生きていきたいですか?
どんどん不幸になる

「〇〇かも」がクセになっている人は、いつの間にか主体性がなくなっています。初めは流行りだからと乗っかって言っているだけなのに、ずっと使っていると本当にどっちないかが分からなくなっていきます。試しに一日中使ってみてください。私は実験をしたことがありますが、コミュニケーションに支障を来たすだけでなく、自分というものがなくなり、すべてにおいて周りの人に決めてもらっている気分になります。
【〇〇だったり】

【〇〇だったり】も同じです。例えば、スーパーに入って、「大根はありますか?」と訊かずに「大根はあったりしますか?」と言ってしまうパターンです。なぜわざわざ「あったりなかったり」の「あったり」だけを言い、「どっちかなぁ?」みたいな遠回しの質問をするのでしょうか。丁寧な言い方だと勘違いしていませんか?それがお店にないことはそんなに大問題なのでしょうか。お店の価値を損ねる質問ですか?違いますよね😊
【〇〇になります】

テレビで誰かが言うとあっという間に広まる口グセは、【〇〇になります】もそうです。本当の敬語は【〇〇でございます】です。そこまでかしこまりたくないというのなら、【〇〇です】で十分です。だって、「なる」というのなら、一体いつなるのか分からなくなってしまいます。例えば「こちらカルボナーラスパゲッティになります」と言われたら、まだスパゲッティとしては完成していなくて5分後に1番美味しい状態になるのかと想像してしまいます。5分経ってから食べ始め、すっかり冷めてアルデンテでなくなっているでしょう。なるべく勘違いをさせないようにするほうが親切ではないですか?
もちろん、クッション言葉のように使っているのは分かりますが、それで得をするのは不幸な人だけです。人の言葉に過剰に反応してしまい、いつも誰かの言葉で一喜一憂して不幸になったり幸せになったりする人です。こういう人は誰かに自分の幸不幸を決めてもらうことが好き(潜在意識で望んでいる)なので、もっと自分が不幸になる言葉を引き寄せます(脳のRAS機能により、潜在意識がそれを引き寄せ、そういう現実を創る)。
こんな価値観なら不幸になる

そもそもですが、私たちの不幸の原因は、幸せか不幸かを誰かの価値観で決めてもらっているところにあります。
- お金を持っていなければ不幸
- いい会社に入らないと不幸
- 結婚して家や車を買って子供がいないと不幸
- 離婚したら失敗または不幸
- お金がないと幸せになれない
- 死ぬことは不幸
- ひとりで亡くなるのは可哀想【孤独死】
こういう決まった価値観の中で誰もが自分が幸せなのか不幸なのかをみんなに決めてもらっています。だからあなたも本当の幸福が見えてきません。
自分の外側に幸せを求める人

自分の外側に幸せを追い求め、流行りのキラキラしたスピリチュアルをやると幸せになる、ポジティブなら幸せになる、自己啓発をやると成功する、宗教に入れば救われる、こういうものも誰が言い出してみんなが真似たものです。そこに本当の価値と幸せの方法を見出していないから何年やっても本当の幸福になれないのです。
3年やれば見えてくる

どれも3年やってもあなた自身に大きな変革、気づきが起きないのならば、それが間違っているか、あなたの方法が著しく間違っているかのどちらかです。
そしてその結果は、10年経ち、20年経ち、中高年、シニアになっても気づかず、亡くなる直前にハッと気づいたり、はたまた亡くなってからあの世で気づくという、気の遠くなる年月が経たないとわからないものです。
開きはどんどん大きくなる

初めは小さい開きですが、時間が経つごとにどんどん大きくなります。1日に1㎝離れれば、1年で365㎝離れ、10年で3,650㎝も離れてしまいます。双方とも離れればその2倍です。仲良かった人と1年ぶりに会ったら全く価値観が合わなかったということはよくあるでしょう。人は時間を生きているので、時間が経つごとにどんどん経験値が増え、成長していくものです(たとえ失敗と呼ばれるものであっても、見た目には分からなくても)。なのにずっと同じ価値観のまま、ずっと同じことばかりを言っているというのは退化なのです。※実はこれは、悟り的には違った見方になりますが。
まとめ【主体性を持って生きる】

さぁ、正々堂々と主体性を持って生きていきましょう!ハッキリと自分の気持ちを伝え、自分の意見も持ちましょう!雑草であっても、嫌われる花であっても、主体性を持って生きている植物たちは、誰が何と言おうと美しいし、強いのです。自然はすべてそうやって生きています。ただし頑固になってはいけないですけどね😊
主体性を失った人が幸せになることはありません。一時的には良くてもいずれは破綻します。
今や幸せもサステナブル(永続的)です。本物だけが生き残る時代です。スピリチュアルの本物はまだスピリチュアル界や世の中にあまり知られていませんが、出始めたら速いです。あっという間に広がります。1日に1㎝ずつでもズレた感覚を取り戻していきましょう!そうした人の未来は明るいのです!
ありがとうございました😊いつもあなたの主体性を祈っています✨


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