非二元【あなたに欠けているものはない】の本当の意味

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近年の非二元でも【あなたは完璧】と発信する人が増え、人気を集めます。日頃から自分が欠点ばかりで、そんな自分が嫌いな人にとって、【あなたに欠けているものは何もなく、完璧なのだ】と言われると、嬉しくてつい気が向いてしまうかもしれません。

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完璧な人とは?

では、欠けているものがなく、完璧の状態を想像してみましょう。

⚫︎記憶力、思考力、洞察力などの脳力が完璧で、見たもの、聞いたもの、読んだものを一度ですべて理解、記憶する。つまり量子コンピュータをはるかに超える計算能力を持つ

⚫︎視力、聴力、嗅覚、味覚などは人間の最大限の数値

⚫︎超能力が使え、嘘を見破ったり人の心の中が手に取るように分かる

⚫︎瞬間移動、空を飛ぶ、深海に潜るなどがたやすくできる

⚫︎身体能力は人間の最大限で、どのスポーツをやっても世界一

⚫︎人格者でお釈迦さまを超える悟りを開いている

検証してみる

ザックリとこれくらいにして考察してみましょう。

あなたがこんな完璧人間だとします。もうすでに矛盾していることがわかりますよね。

だって、全人類がこの完璧な世界一なのだと言っているのですよ?ではなぜオリンピックで2位以降になる人がいるのでしょう?

なぜ入社試験、資格試験で落ちる人がいるのでしょう?

完璧な能力を全人類が持っているのならば、全員が一位のはずだし、落ちる人は1人もいないはずです。あなたはこれをどう説明しますか?

残酷な真実

まずは、そんな言葉に引っかかってしまった自分自身を見つめてみましょう。なぜそんな言葉を信じようとしたのですか?あなたは自分の「欠けている」ものを考えすぎ、自覚しすぎているからではないですか?

自覚できているとしたら、もうほぼ解決しています。当たり前ですが、自覚がなければ解決のしようがないからです。

人間は欠けているもの

人間は、必ず色んなところが欠けているようにできています。性格、容姿、生まれた家系、体、脳、財産、仕事、家庭、友人etc.完璧に生まれた人は1人もいません。どんなに羨ましい人であっても、本人はもっと恵まれている人を羨ましがるものだからです。

もし全人類で競争して世界一の人を決めたとしても、次の競争では別の人が選ばれるかもしれません。そうすると、もうその人は完璧ではなくなってしまいます。完璧な人などこの世に1人もいないのです。どんな偉人であっても欠点だらけです。人間は全員が欠けているものだらけの凸凹なのです。

宇宙は巨大なパズル

Gerd AltmannによるPixabayからの画像

この世はフラクタルですが、人体を例にしても、互いに役割分断をしながらも、全体として1つのまとまりの力を発揮し、足りないものを他の筋肉や臓器が補い合っているパズルです。

それをそのまま全人類、この地球全体に当てはめてみてください。各自が役割分担をし、足りない部分を補い合いながらも、全体として1つの力になっています。

もっと言えば、一人一人が完璧であっては、この地球の意味がないのです。足りないから補い合える。足りなくなければたった1人で生きていけるのだから。

完璧ならば地球は存在しない

たった1人で生きていけるということは、食べ物も空気も一切、他のお世話にならないでも生きていけるということです。

例えば太陽による光合成で植物が生み出す酸素を自力で生産でき、微生物なしに水を浄化することができ、食べ物も自力で生産した酸素などから自力で生み出すことができるということです。そんなことができる人はいますか?そもそも地球自体が、巨大な宇宙の働きによって生み出された星です。あなたが作ったものではありません。

このあたりまでのお話はよく聞くことかもしれません。ではもう少し書いてみますね。

完璧な人とは?

あなたが本当に完璧ならば、そういうことにも十分に気づいているはずです。つまり、完璧な人がもしいれば、自分もすべても完璧ではないと分かっている人と言えるかもしれません。でもこれは矛盾しているので、そもそも完璧な人というのは存在しない、完璧と非完璧とは表裏一体だと言えるかもしれませんね。

分離したものは偽であり、非完璧である

先ほど、私たち人間は、自力で酸素や地球を生み出したのでないから非完璧であると書きました。すると、この宇宙は誰かに生み出され、分離したものだから、すべてが非完璧であると言えます。それは、反対に言えば、この宇宙を生み出した存在、自分で自分をも生み出すことができる存在がいたのならば、それは完璧であると言えるかもしれません。

分離とは、自ら生み出されたもの【完璧】から分離して発生したものです。分離して他力によって生み出されたのだから非完璧であり、真でなく偽です。

なぜそんなことが言えるのかというと、真は完璧だからです。それを【宇宙の叡智】【真我】などと私たちは呼びます。ですが本当は、呼ばれるということは、呼ぶ人と呼ばれるものとが分離しているので、偽です。真我とは、そういうものなのです。

スピリチュアルとは説明できないもの

よく聞くスピリチュアルは、これがそうだ、あれがそうだ、こういう状態だ、などと言います。ですが、前の説明で書いたように、呼ぶことも説明することもできないのが真実です。だから私はいつも、「こうである」ということは言えないのです。反対に、「〇〇ではない」という言い方しかできないのです。あらゆる分離した偽を取り除いたもの、そして残ったものが真(真我)です。

まとめ

私たちは、色んなところが欠けていて、非完璧だから努力したり成長したりすることができます。だからこそこの地球に存在する意義があるのです。分離して、様々な能力を忘れ、失い、苦しみ、悲しみ、もがいたりして【生】を楽しんでいます。欠けているところだらけで非完璧な状態が、私たちにとっての【完璧】なのです。

よく聞くスピリチュアルでありがちな心地よい言葉は、分離した偽ですから、本物はあなたが思い出すしかありません。

心地よい言葉を理解するのは自我ですから、そういう言葉を喜ぶほどに私たちは非完璧だということです。さぁ、これからも非完璧を楽しみましょう!

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