旧暦新年のお祝い

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画像はピクサベイさんから

旧暦新年のお祝いを申し上げます。大寒を迎え、新年としての新しい出発にふさわしい頃合いではないですか?月も隠れて本日は新月です。

現在私たちが使用している太陽暦(グレゴリオ暦)が日本で正式に使用されるようになったのは 明治6年1月1日から。
これはいわゆる新暦というもので、これに対してそれ以前に使用されていた太陰太陽暦(天保壬寅暦)を 一般に旧暦と呼ぶものと考えられます。
太陰暦とは、月の満ち欠けが暦のベースとなっており、原則として、朔(新月)となる日をその月の一日(ついたち)として日付を数えます。 ですから、三日月は3日、満月は15日(十五夜)といった具合に、日付と月の満ち欠けに対する呼び名が一致します。

海上保安庁 海洋情報部HP https://www1.kaiho.mlit.go.jp/KOHO/faq/reki/kyuureki.html より

ふだん、月の満ち欠けは忘れてしまいがちですが、旧暦は月の運行(月相)に基づいているので、とても分かりやすいですね。いつも新月は1日です。

新春がやってきた

我が家では梅も咲いていて、本当に【新年】という感じです。

二十四節気による四季では、立春の前日である節分(節を分ける)までが春夏秋冬のうちの冬です。立春からが本当の新しい春だと言われるのは、こういうところからもきているのではないでしょうか。

鶏始乳

立春の前の今月(1月)30日には、鶏も卵をかえすために抱くという、七十二候のうちの【鶏始乳】です。鶏は、本来ならば冬は産卵をお休みします。現在の鶏が一年中産卵しているのは、人間が品種改良をして、しかも光量コントロールをして冬だと分からないようにしているからなのだそうです。原種の鶏では、【鶏始乳】のこの時期に10個くらい産んだだけのようです。人間のエゴってすごいですよね。

冬も産卵させて一年中の供給を誇っている日本の養鶏は、過密飼育を批判されています。効率よく卵をとるために、全く身動きができないケージに閉じ込めて、産卵だけをさせるのです。オスは産まないから潰してしまい、産まなくなったメスもすぐに御用済みです。

過密で病気になるから異常な量の薬漬けです。私たち日本人は、それを【物価優等生】などとごまかして有り難がって食べているのです。

【食育】の大問題

日本人は表面だけが綺麗なら中身はどうだっていいのです。本質を考えないのです。私たち人間は、こんな酷いことをしているのに、自分たちが権力者からやられると人権侵害だと怒るのです。でも、何事も、やったことが自分に返ってくるのです。そういうことを考えさせるのが【食育】だと思いますし、ひいては人生を根本から見直して幸福への道につなげるのが【食育】ではないでしょうか。

新年早々、辛い話をしましたが、いつも都合の悪いことにはフタをする日本人にはちょうどいいのかもしれません。そろそろ目を見開いて、自分がやってきたこと、今もやっていること、近未来で選んでいる道がどんなものなのかを考えるキッカケになればと思います。

新年に自分を振り返る

私たちは生まれてから死ぬまでずっと誰かに迷惑をかけっぱなしです。刑法に抵触しなくても、罪深い人だらけです。知らぬ間に迷惑をかけ、誰かを傷つけ、それが世間に広がって世の中が乱れていきます。言葉に出して罵らなくても、意識が不調和ならば、それは必ず家族や周りの人に伝播してそれを現します。

わざわざそんなことを思わなくても、多忙で世の中や政治に無関心でいること、家族、職場、ご近所さん、道ですれ違った人、店員さんなどに対して十分な愛を表現できないことも大きな罪です。

なのに私たちは、「誰にも迷惑をかけていない」と気づかないことにし、自分は悪人ではないから善人であると勘違いをし、それ故に、TVで報道されるような犯罪者には大きなペナルティを与え、殺人など犯そうものなら死刑が妥当なのだと考えているとしたら、そのズレは必ず自分自身に返ってくるのです。それは来世などではなく、これからの少し先の未来で。

まとめ

この記事を読んだ方は、これからじっくりと考えてみてください。「考えるな、感じるんだ」では気づけません。それを言っているご本人も気づいていないのだから。

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