
心理学では【認知の歪み、認知バイアス】の矯正によって、認知、とらえ方、受け取り方の歪みやバイアスを戻し、快適に生きる手助けをしてくれます。

悟りの智慧

悟りや非二元の智慧では、この認知の歪みをもっと広くとらえ、人としての価値や特徴を失わずに楽に生きる方法、悟りによって悪夢から目覚める方法をお伝えしています。その中でも特に、【白黒思考】がこの世の特徴かと思いますが、それを悟りでは【二元論、二元思考】と呼んで広く当てはめています。
【非二元】二元、2つでない、表裏一体としてひとつである
一般的なセラピー、悩み相談と悟りとの違いは、決定的です。例えば、あなたが起きた火事に悩んでいるとして、ひとつひとつ火の粉を払ったり、火を消そうとするのが一般的なものです。それに対し、悟りは、その火事は、本当は起きていなくて夢の中の出来事ですよと教え、夢から目を覚ますように導きます。これなら対処療法的だけではなく、根本原因を根っこから消し去ることができるのです。
般若心経の智慧

ところで悟りと言えばお釈迦さまですよね。お経は、お釈迦さまの言葉を後世の人がまとめたものとされています。その中でも有名な般若心経はお釈迦さまの言葉ではありませんが、キモはココかと思います。以下は、私の感覚も含めてお話します。
色即是空(しきそくぜくう)
空即是色(くうそくぜしき)
般若心経より
色(しき=この世のあらゆるもの)は空(くう=実体がなく変わりゆくこと)なり、空(くう)は色(しき)なり。
間違いなく存在していると私たちが確信しているこの世は、実は実体がないという意味ですね。そして、実体がないからこそこの世が存在できるというわけです。
【空(くう)】を拡大解釈?
では、あるのかないのか、一体、どっちなんでしょう😁

私は、どっちでもなく、どっちでもある状態だと思います。これは、一般的な【空】の概念を拡大解釈した感じでしょうか。
空(くう)は、【無】とは違う使われ方をしていますし、【無】とは違う概念とされていますが、【無】と同様の意味を持たせる人もいるようです。
すべては表裏一体
どちらが本当なのか、人それぞれかもしれませんが、私がここでお伝えしたいのは、2つの相反すると見られる概念は、表裏一体であるということです。これがこの世の中、この宇宙の実相です。

同様に、この世の相反する極はすべて表裏一体だと言えます。
- 天と地
- 太陽と月
- 光と闇
- 昼と夜
- 北と南
- 男と女
- 前と後
- 生と死
- 善と悪
【分離感】が闇の始まり
すべての物事は表裏一体であるのに、人間には、2つ以上に分かれて見えるようになっています。これが【分離感】で、争いや闇の始まりです。

【分離感】とは、すべてはひとつでしかないのに、いくつかに分かれて見えるもの、感じるものです。ひとつでしかなかったら、争いも嫉妬も起きません。この世の元凶は、この分離してみえる人間の脳の働きとも言えます。
【私】とは

もしも私たちが、「私」には実体がなく、常に移ろいゆくものであって、「他者」とは幻影に過ぎないのだと分かっていたら、多くの苦しみは癒えていくのではないでしょうか。
- 「私」を苦しめるあの人
- 「私」を悲しませるあの人
- 「私」に何かをしてくるあの人
すべては幻であって、確固たる「私」も「あの人」も、どこにも存在しないのです。
ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。
【訳】
サラサラと流れゆく川の水は、絶えることがない。しかも、新しい水と常に入れ替わっている。よどみに浮かぶ泡は、生まれたかと思うとすぐに消え、とどまることがない。人も家も、それと同じこと。
鴨長明『方丈記』より



存在すると思うから悲しくなり、苦しくなり、どうにかしようと躍起になります。これが自我の働きです。悟りが進むと再びこの娑婆の世界へ入って仏の道(悟り)を伝えていきますが、まだ悟っていなくてこの世の悪夢が実在していると思っている人には、まずはこの【空(くう)】の概念を忘れずにいてほしいと思います。
【自然農】という悟り

私はいつも自然農の自給をおすすめしていますが、それは、この【空(くう)】の概念に気づけるからです。種から生まれて、太陽、水、風、微生物などの恩恵を受けて常に変わりながら育ち、やがて枯れて土へ還っていく姿。その土はまた、枯れた野菜が落とした種から発芽させ、大きく育み、また枯れては土へ還ります。どこがスタートでどこがラストなのかもわからない命が、永遠の時を循環している姿を目の当たりにしてみることができるのです。
苗を買ってきて植えたのでは気づきませんが、自然農をやらなくても、自然界をつぶさに観察すれば分かるのです。だから、自然豊かな環境に生きていた昔の人は、今ほど生への執着も強くなく、だからこそ有限なる命と時間を大切に生きたのだと思います。

智慧が育まれ、永遠なる命に対し、謙虚に生きていたのではないでしょうか。「私」「あの人」とは、全知全能なる命の、ほんの一瞬だけ表れた姿にすぎないのです。
【まとめ】この世は奇跡でできている

どうですか?こんなふうに俯瞰をすると、あらゆる悩み事や苦しみも、ちょっとだけ吹き飛んでしまうのではないですか?
喜びも悲しみも、あっという間に過ぎ去ります。そして、実体がないこの世で、喜びや悲しみが現れた奇跡に胸が熱くなったら、あなたはだんだんと二元思考に苦しめられることもなくなっていくでしょう。
すべては奇跡なのですよ。最後までお読みくださり、ありがとうございました。あなたの奇跡を私はいつも知っています。
次は、もう一つ、悩みや苦しみを根本からひっくり返す考え方【ストーリーを卒業する】について記しますね。またね!


コメント