間違いだらけのファクトチェック

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ファクトチェックが大切な世の中になりました。写真だけでなく動画まで簡単に改変できるようになり、本人そっくりのゴムマスクもTVドラマでたまに見かけるようになりました。

でも、本当のファクトチェックの方法が間違っているように思うのは私だけ?ファクトチェックを行う機関が間違っている可能性はどれくらい?ファクトチェックをする機関の判断に対してファクトチェックをするのは誰がどういう方法で?

【「可能性はない」という悪魔の証明】

「可能性がある、ない」とよく誰かが言いますが、可能性がないことを証明するのはかなり難易度か高いもの。有名人や権威が「可能性がない」と言うことを鵜呑みにしていませんか?

【悪魔の証明】とは、「ない」ことを証明するのはとても困難であるということ。

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このように、可能性がないことを知ることは困難です。だから私たちは常にあらゆる可能性について考えておかなければ、とんでもなく間違った方向へ向かってしまうのです。

報道の真偽

日本の報道の自由度はかなり低く、国家権力がTVなどのマスメディアに対して事前規制を行うことにつき、国会でも議論されています。

そんな報道ですが、あなたはその真偽をきちんと認識できていますか?

例えばTVや新聞で誰かの訃報をよく観ます。私たちはその報道が「真実」であるとみなして本当にその人が亡くなったのだと思います。

しかし、私たちか確認できたことは、「〇〇さんが亡くなった」ということではなく、「”〇〇さんが亡くなった”ことが□□機関によって報道された」という事実です。

ここは大事なことなので、絶対に見誤ってはいけないところですよ。事実と伝聞とを分け、他の可能性が排除できたときに「間違いない」と言えるわけです。

パンダちゃんの赤ちゃんが生まれたという報道ならば、後日その動物園へ行ってその赤ちゃんと会うことができたなら、その報道は間違っていなかったのだろうと言えます。

ただしそれでも本当は産んでなくて他から連れてきた赤ちゃんなのかもしれないし、赤ちゃんではなくうまく作ったぬいぐるみかもしれません。実際の出産の現場をこの目で確認しないことには本当に産んだのかどうかまではわからないのが事実です。

他方、亡くなったかどうかの確認はなかなかできません。例えばですが、亡くなったことにして隠居生活に入ることはあり得ます。歴史上の人物でよく語られることですね。歴史上でそういうことがあったのかもしれないのだから、現代でそれがあっても不思議ではありません。

本当に亡くなったと断言できるのは、以前見かけたその人と同一であると科学的に証明できる遺体を確認するか、やはり間違いなく本人であると証明できる戸籍などから死亡の事実を確認できたときだけです。

生死の事実確認でさえこうなのですから、他の事実について真偽の確認をすることは、どんな人であっても困難であると言えるのではないでしょうか。

【冤罪】裁判所も間違う

【推定無罪の原則】は、このように間違いなくそうであると証明することが困難であり、そのために冤罪を生んで、真犯人を取り逃がしたり、濡れ衣を着せられた人に償うことが困難であることから導かれる刑事事件の原則です。

しかし日本の有罪率は99%という異常な有罪認定率です。人によっては、それは警察と検察が優秀だから間違いなく有罪であると言える事件だけが裁かれるからと言う人もいます。

しかし実際の裁判の現場では、裁判官も私的感情を審理や判決に持ち込んでしまったり、外圧や裁判官の出世のために判決がねじ曲げられることがあります。

また、無実であることを証明するための証拠を検察が握っていて出さないこともよく知られ、問題視されています。検察は、その人が無実なのかそれとも犯人であるのかということではなく、どうやったらその人を有罪にすることができるのかが主眼になっているとも言えるので、この時点で真実から遠ざかっていることがわかるでしょう。

冤罪は袴田事件だけではありません。冤罪リストに載っていないけれどおかしな判決だと言える事件はたくさん存在します。

有名な痴漢冤罪事件『それでもボクはやっていない』

それでもボクはやってない - Wikipedia

警察が証拠を捏造したとしても、検察がそれを支持し、裁判所も見抜けないのが実態なわけです。あるいは、上記映画『それでもボクはやっていない』のように、無実や冤罪を世間に訴えたら、その制裁として前例にないような有罪判決を出すこともあるのです。

人間の脳や心、能力、真偽の判定の限界です。人間はそもそも弱くて間違うのです。

ましてや人間には、【信じたいものだけを認識し、信じたくないものはスルーして無かったことにする】という、【信念バイアス】が大きく作用しています。

生まれた瞬間から自我成長と共に世の中を見通す目がどんどん曇るようになり、プラトンの【洞窟の比喩』のように何も見えていない中で生きているのです。

【超簡単:物理学+α】次元を上げるとは?
ここは本当に3次元?高次元の世界ではどうなる?過去に戻る方法!もう次元は上がっている?シミュレーション世界、悟りとの共通点は?

事実を事実のまま観ることができるのは、こうした認知の歪みがなくなり、常に明鏡止水の境地で生きているごくごく限られた人や、【洞窟】から抜けた人だけではないでしょうか。

スピリチュアルなあなたへ(追記あり)

そのスピリチュアルな言葉は本当にあなたが体験したものですか?どこかの誰かが言ったこと、聞いたことではないですか?誰かが鵜呑みにして伝えてしまうとあなたにカルマが生まれてしまいます。

一瞥体験やワンネス体験で止まらず、非二元も超えて、悟りへと進んでみませんか?そうすると、よく見かけるようにスピリチュアルな言葉ばかり言いたくなるようなことはなくなりますよ。

意識は【現実】に反映されてこそ生きるもの。スピリチュアルの話だけをし続けても、実践が伴わない限りは絵に描いた餅です。

スピリチュアルは特にファクトチェックが難しく、エゴが喜ぶ言葉がたくさん並びます。最も注意が必要な分野です。だから一瞥体験、ワンネス体験、非二元で止まらず、きちんと消化していかないといけないのだと思います。

まとめ

さて、あなたや世の中はどれだけ【真偽の見分け】ができていると思いますか?国、行政、学者、専門家、有名人、インフルエンサー、友人知人、SNS、報道etc.

何事も鵜呑みにしてはいけませんよ。人生は究極的には自己責任です。人はこうして信じたものに振り回されるから、反対意見もよく聞き、あらゆるものを俯瞰して観て、よくよく考えていかなければならないのだと思います。それはあなたが幸せになる方法でもあり、世の中全体が幸せになることでもあるのです。

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